Towards Utopia: Osaka, Japan

by Robert C. Morgan on November 02, 2000 on New York Arts


大阪の関西空港に降り立つと旅行者は特異な未来的体験をする。マリコ・モリの大規模なC―プリント作品の一つに見られる関西空港は、3年前に有名な建築家・R.ピアノの設計“浮き”島に建設された。関西はあらゆる最新の芸・技術で生彩を放つ空想科学界でも注目すべき場所である。空港への乗り入れは実に感動的であった。われわれの乗った747便がこれらの伝説的な島の東の沿岸を徐々に南へ移動するにつれ、山間に寄り添うか、港や湾にこぼれ落ちそうな村々のある沿岸水域を滑空してついに目的地点を見つけた。着陸地点に着くとパイロットは水上プラットホームと見まがう地点を囲むように、大阪の景色を機の右に見て滑走路に確実に着陸するために旋回した。

大阪は東京に比して現代美術の展覧会の広がりが一般に知られていないが、ここ数十年重要な芸術家の拠点として寄与してきたーすなわち具体グループと2、3の重要なギャラリーである。これらの一つにギャラリー ヤマグチがある。同ギャラリーは大阪港近くに位置して“Towards Utopiaー理想郷に向かって”という展示でシーズン入りした。

ギャラリーの新しい空間は現在CASO(Contemporary Art Space OSAKA)と呼ばれるオルタネイティブな展示スペースのとして提供されている建物の中にある。山口氏は数年来、若手作家や確立した国際的作家双方の質の高い作品を紹介し注目された日本美術界の卓越した人のひとりである。“Towards Utopia”は、CASOの主展示場では桑山忠明の大規模なインスタレ−ション(展示)を提示している。人工の素材ベークライトで製作された規格サイズの垂直の要素から組み立てられ、全空間を包み込んでいる。さらにいまひとつ新世代に充てられた一角がある。この場合の新世代とは、大阪から発信する日本の若い芸術家世代のことであり、具体的には安藤由佳子、井谷菜々、丸尾直子、三浦洋子の各氏である。
そのなかで最も興味を惹くのは、安藤由佳子である。彼女は目下デュッセルドルフで制作に励む若き日本女性である。彼女の“Y's Life”(1999)と題する居住造形空間は、建設労働者のヘルメットの形をしたテントから成っている。そこにはビデオモニターや、枕・軽食・懐中電灯・携帯寝具等といったいろいろな物を備え置いた。ビデオでは彼女が黄色いヘルメット(テントのデザインにもなっている)を被り、上から落ちてくるさまざまな物から身を守っている姿が映し出されている。安藤氏の作品は、我々がそれと気づかずに公私両面にわたって侵蝕されようとしている安物という爆弾に対する絶妙な警告である。
安藤由佳子 "Y's Life" 2000 Mixed media

いま一つの区画は“5感に訴える芸術―身体の延長として”と題して3名―藤本由紀夫、石原友明、大久保英治―の芸術家が出展している。これらの作品は主として視覚と触覚に関する体験の感覚の交錯局面を扱っている。“Towards Utopia”の第4の区画は、アイルランド系芸術家によるペインティングとドローイングの展示である。名はS.フィッツジェラルドといい、約20年前に仏教を研究するために日本に移り住んだ。彼は京都滞在が延びて完璧な日本語を書き、話せるようになった。彼のペインティングは、繊細な水平線を乾ききっていない絵の具に刻むことを通して解釈される呼吸時の瞑想そのものである。この過程を通して確立された躍動的な構造は、全くもって注目すべきものであり、絵画という伝統的媒体に関する一つあるいは一連の行動の証拠を暗示している。注視すべきは、呼吸を幾重もの水平線で表現するというフィッツゼラルドの意図が、いかに字を書くこと瞑想に関係しているかということである。どういうわけかこの作品には満足感に浸った自惚れといったものはなく、また何とかして西洋理論のわずらわしい押し付けから逃れようとするような目立った軽薄性もない。
S.フィッツジェラルド "Untitled- Trace" Oil on Canvas 2000

CASOとギャラリー ヤマグチは、趣は異なっても概して質の高い展示をすべく協力している。その最初の展示にあたり、山口氏の設定した高水準があまねく行き渡ることが期待される。このような展示の成功は地方行政から切り離された質の高い水準如何による。この高水準が主流となり、大阪におけるこの重要な先駆的試みの発展がさらに大きな成功につながることが期待される。さらに望むらくは、これまでなにほどの達成もなかった大阪トリエンナーレとやらを支援している大阪府の文化部が“Towards Utopia”の先例を糧とすることである。この点で“Towards Utopia”という言葉が暗示する理想主義の考えは、大阪がアジアの来るべき現代芸術で主導的役割を果たすか否かに関し重要な役割を演じることになろう。